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横浜地方裁判所 昭和38年(わ)1337号 判決 1963年11月27日

被告人 川口金弘

昭一三・三・一一生 左官業

主文

被告人を死刑に処する。

押収に係る腕時計壱個(昭和三十八年押第四二八号の三)はこれを被害者(B)の相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地で生れ中学校を卒業後名古屋市内その他で左官の見習いをやり、昭和三十三年頃友人の世話で神奈川県高座郡座間町へ仕事に来て左官屋に住み込んで働き、その間に自動車の運転技術を習得し、親方の死亡により昭和三十六年夏頃から独立してタイル張りを専門とする左官業を営むようになつたが、自動車を買い込んで自動車運転免許を受けることなく常時これを運転使用し、しかも飲酒の外、中学校卒業後の間も無い頃女性と始めて性交した経験以来性的嗜好欲満足の為め女遊びにも耽けるようになり、三、四年前に、前後二回に亘り女給二人と夫婦同棲の生活をした後、昭和三十七年六月頃からは、(A)を内妻として同女と同棲して居乍らもとかく他の女性との性交意欲にも駆られ、之が充足実現として同年夏頃には自動車を利用して女性を畑の中へ連れ込んで強姦するという事件を起し示談で解決し、更にはまた、翌昭和三十八年一月には、右(A)の友人を自動車で送つて行く途中強姦して負傷させ、これが為め同年五月十八日横浜地方裁判所において懲役参年、四年間保護観察付執行猶予の裁判を受けたりして居た者であるが、

第一、昭和三十八年六月二十二日夜、仕事を終えて後自己のトヨペツトピツクアツプ六〇年型貨物乗用自動車を運転し乍ら飲み廻つているうち、同日午後十時頃神奈川県高座郡座間町入谷三千六十七番地附近路上において帰宅途中の株式会社○○××店店員(B)(当二十年)が歩るいているのを見掛け、劣情を催し強いて同女を姦淫しようと企て、右自動車を停め、同女の家まで乗せてやると申し向けて同女を欺き、同女を右自動車の助手席に同乗させて同郡綾瀬町中原八百五十一番地先路上に赴き同所で嫌がる同女を無理に降車させた上、反抗する同女の右腕を掴む等して同女を周囲に全く人家の眺められない同所八百四十九番地草地内に引張り込み、左手で同女の右肩辺りを強く押して同女をその場に仰向けに倒し、その上に乗り掛つて左手で同女の胸を押え付け、右手で同女のパンテイ(昭和三十八年押第四二八号の一〇)を剥ぎ取り、馬乗りになる等の暴行を加え、身体を激しく動かすなどして頻りに抵抗する同女の反抗を抑圧して、強いて同女を姦淫し、

第二、右犯行直後同女に自己の身許を知られている様子があり、為に被告人の右犯行が容易に発覚し且つは之が為に前記執行猶予の言渡も取消されるに至るべきことを虞れるや、之が防止の為には同女を殺害するに如かずと決意し、仰向けに倒された儘の同女の頸部を両手を以つて強く絞扼して、即時同女を窒息死させ、以つて殺害し、

第三、次いで、右各犯跡隠蔽のため、前同所附近に前記自動車荷台に積んであつた煉瓦鏝(前同押号の二八)を使用して穴を掘つた上、同女の死体をその中に埋没して放置し、以つて死体を遺棄し、

第四、右死体を埋没する際、同女の腕から同女の所有であつた腕時計一個(価格約二千円相当、前同押号の三)をもぎ取つて、これを窃取し、

第五、同年七月十五日午前七時四十分頃同郡○○町○○××××番地(C)(当二十三年)方へ風呂場の壁塗りの打合せに赴き、同女方玄関で対談中、劣情を催し同女を強いて姦淫しようと決意して、その機会を窺い、勤めに出るため同女が玄関へ降り自己に背を向けて履物を履こうとするや、いきなり同女の背後から両手で同女の頸部を強く締め付け、その手を外そうとして必死に抵抗する同女の意識を失わせてその反抗を抑圧した上、同女を同女方奥四畳半の間に引摺り込み、その場に敷かれてあつたマツトレスの上に同女を押し倒して強いて同女を姦淫しようとしたが、その瞬間同女が意識を回復し精根を振り絞つて暴れ出し、叫び声を上げたため、近隣者に発見されるのを虞れてその場から逃走したため、その目的を遂げなかつたが、その際同女に対し右暴行に因り全治約二週間を要する右眼球結膜出血、前頸部表皮擦過創等の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中判示第一の強姦の点は刑法第百七十七条前段に、判示第二の殺人の点は同法第百九十九条に、判示第三の死体遺棄の点は同法第百九十条に、判示第四の窃盗の点は同法第二百三十五条に、判示第五の強姦致傷の点は同法第百八十一条にそれぞれ該当するので、右殺人罪につき所定刑中死刑を、右強姦致傷罪につき所定刑中有期懲役刑をそれぞれ選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十六条第一項本文に則り判示第二の殺人罪により被告人を死刑に処して他の刑は之を科さず、押収に係る腕時計一個(昭和三十八年押第四二八号の三)は判示第四の犯行により被告人が得た賍物であつて被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法第三百四十七条第一項に則りこれを被害者(B)の相続人に還付することとし、訴訟費用は同法第百八十一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人が知能著しく低く性格異常者で一般的に或は本件各犯行当時心神喪失乃至心神耗弱の状態にあつた旨主張しているが、性格異常それ自体心神喪失乃至心神耗弱を帰結するものではなく、又被告人が読み書きの殆んど出来ない旨の供述証拠は前掲証拠中に散見されているものの、弁護人提出の成績証明書によれば国語に関する諸種の能力において決して最低のものとは認められず、而も前掲証拠によるときは右読書能力として、たとえ不充分なものがあるとしても、それは寧ろ被告人の敢て勉学を嫌つた怠慢な不勉強に起因するものと認めざるを得ないものがあるばかりでなく、前示認定の如く独立して営業をなし、長期間に亘り殆んど事故を起こすことなく自動車を運転する等経済的社会生活及び技術的能力において何等通常人に比して遜色なきは勿論司法警察や検察庁の各捜査官に述べている詳細な本件犯行関係や経歴等の各供述内容更には之が供述経過として良心的反省として供述内容を変えたりなどしている実情及び当公廷における被告人の言動にも徴するときは、被告人の平常ないしは本件犯行時における精神状態として事物の是非善悪の弁識能力や之が弁識に従つて行為する能力において欠けるものがあつたとか、著しい減弱なものがあつたなどとは到底認め得るものはなく、従つて、被告人が本件各犯行当時心神喪失乃至心神耗弱の状態にあつたとは到底認めるを得ないから、弁護人の右主張は之を採用しない。

(量刑について)

この頃の世相として人間自体がその自づから持つている是非善悪の弁識能力者で在り乍ら、物欲や性欲の如き本能的欲求充足の為、敢えて極悪非道な犯行に出る青少年や壮年が多くなつているのである。殊に此の頃頻発する単なる殺人は勿論、強盗殺人や、強姦殺人の随伴的犯行として殆んど必ずやその死体を当該犯行隠滅のために糞尿の深く溜つている肥溜の中とか、森林や畑などの土地の中に埋没してしまうというような洵に非人情的な所為が行われている。

どんな政治、経済の世の中であろうと、世人相互が共に愛情の篭つた喜悦微笑のうちに結び合い乍ら生き得る安定生活のためには、各個人の物欲、性欲等一切の本能的欲求の充足は、当該個人の永い一生に亘る和やかな幸福達成のためにも、国による洵に幸な国民全体のための平等的福祉保障の実質的機会基盤の下に在り乍ら必ずや各個人の誠実勤勉な努力による所得や愛情の篭つた和やかな交渉によつてこそ達成されて然るべきに拘わらず、此の頃の世相としては、右本能的欲求の充足手段として平常は一般他人との別段変りのない普通生活をして居乍らも、自己自身の正常な生活に当然必要な稼働はとかくこれを回避し乍ら、この頃の実情として、どんな悪いことをしても刑罰法規の網を潜り得る可能性が充分であるとの非道義的信念の下に、敢えていささかも非難されるべき言動のない寧ろ人間同志の愛情的信頼としての被害者の挙措言動に乗じてする極悪な犯行を利用する傾向となつているのである。

被告人の素行罪歴と共に、本件各犯行の洵に残忍凶暴的な動機、態様、殊に本件各般証拠の徹底的検討に基づく経験則的常識として到底殺意を否定するを得ない本件強姦殺人の罪や死体遺棄、窃盗の被害者として洵に可愛想な目に会わされてしまつたいささかも非難されて然るべきもののない(B)のことやその御遺族の悲しみを考慮する時は、先に述べたような世相としての犯罪者頻発の防止とか一般青少年等の道義的反省昂揚のための上からも、被告人に対する処刑としては当然刑法上一番重い極刑とされている死刑に処さざるを得ないのである。

本件が、当法廷で審判せられるようになつて以来、当刑事部に頻繁に郵送されて来ている各方面多数人の上申書に徴するも、この世の所論として被告人の死刑は心から期待されて居るものと思料せざるを得ないものがあるのではあるが、裁判所の刑事判決自体は、世論がどうであろうと、飽くまでも法廷審理の上に顕われた一切の証拠の徹底的な検討によつて把握した事実の真相に基づいて言渡して居るのであり、当法廷の言動として心からの改悛の情すらなきに至つている本件被告人の犯行として把握した真相の必然的結果として当然であると共に、前にも述べたとおり、迚も道義感の低くなつた感じのするこの世のこうした極悪非道な犯行防止のためや、この世の実情として殆んど道徳的教養機関や方法手段の無い感じのするもののあることに照らし、この世世人の道義感の自然的昂揚のための唯一の機関と見られざるを得ない刑事裁判機関の使命としても、各般一切の証拠の徹底的な綜合考察による事実の真相把握の上での必賞必罰原理の実現として当然死刑に処して然るべきものがあると思料するのであり、さればこそ主文のとおり被告人を死刑に処することにした次第である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 河原徳治 豊島利夫 藤浦照生)

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